K点越えのジャンプ。耳にしたことがあるフレーズだと思う。スキーのジャンプ競技は、K点を超えたところで優勝争いが行われる。ラージヒルだと120m、ノーマルヒルだと90m。ジャンプ台にもよるけれど、K点はだいたいそのあたりになる。
だが、世界には、K点が185mの超ビッグサイズのジャンプ台を使う競技もある。ノーマルヒルでもラージヒルでもないジャンプ台。その名はフライングヒル。日本には存在しないし、世界でも数えるほどしかないような、途方もないスケールのジャンプ台を用いるのだ。世界的にも数えるほどしかない。よって、1シーズンに行われる競技数も数えるほど。もちろん五輪種目ではない。だからジャンプ台の数も少ないのだけれど、世界各地を転戦するスキージャンプ・ワールドカップシリーズ(以下、W杯シリーズ)には、毎シーズン、必ず2、3試合、スケジュールが組まれている。
ジャンプ競技は、欧州ではとりわけ人気が高い。W杯シリーズが行われる各会場は、寒さなどなんのその、多くの観客で埋め尽くされる。それこそサッカー場にも負けない熱い熱気に包まれている。生観戦を楽しむ文化が完全に浸透している。K点120mのジャンプ台で、そのラインを大きく超えるジャンプが飛び出すと、会場は瞬間、爆発的な歓声に包まれる。K点185mのジャンプ台で、K点越えの大ジャンプを披露した選手は、無条件でリスペクトされる。欧州に名を轟かすことになる。過去に優勝した日本の4選手(岡部孝信、東輝、宮平秀治、葛西紀明)とて例外ではない。彼らの知名度は、下手をすると日本国内を上回るほどだ。
ちなみに僕は、その4勝すべてに立ち会っている。ひどく感激した思い出がある。
場所はスロベニアのイタリア国境にほど近いプラニツァ・バレー。ジャンプ台は、まさにその険しい山の頂きから谷底に飛び込んでいくような感じで作られている。
ジャンパーの気分はどんなものかと、実際にそのスタート台に立ち、下界を眺めてみれば、全身ガクガク、身の毛もよだつ恐怖に襲われた。そこから谷底まで、自ら進んで舞い降りていくジャンプ選手とは、いったいどんな神経の持ち主なのか。その異常性について思わずにいられなかった。
選手の動きは明らかに不自然、異常だ。上空を滑空している感じが肉眼でハッキリと分かる。スキーの板だけを装着した人間が、上空に浮いたまま、なかなか落ちてこない。揚力という目に見えない存在を瞬間、ハッキリと確認できる。これになにより感動し、感激する。飛行機はなぜ飛ぶのか。よく分かる瞬間でもある。
K点を大きく超え、220m近くまで飛び優勝した葛西紀明選手はこういった。「選手は一刻も早く着地したいんですよ。怖いから。でも、上空にいる何者かが、首根っこをつかんで上に引っ張り上げるんです」
実際、飛び終えたばかりの選手の顔は、恐怖から解放された安堵感で、一様にこわばっている。中には転倒する選手もいる。僕が観戦した試合では、日本の西方仁也選手が空中でバランスを崩し「墜落」。担架に担がれ、退場した。空中で「エアポケット」に入ってしまったことによるものだが、人間グライダーと化した生身の人間が、バランスを乱しながら墜落する絵は、かなり痛々しい。絶望感漂う、ショッキング映像そのものだ。死んでしまったのではないかと、つい心配になる。
五輪種目ではないが、れっきとした正式種目であり、単なる見せものではないところに、フライングヒルの恐ろしさがある。生で見てこれ以上、ビックリできるスポーツはけっして多くない。マラドーナの「60m5人抜きシュート」も凄かったけれど、現場に行けば必ずビックリできるという意味において、フライングヒルはダントツのナンバーワンだ。さらに僕は、そこで日本人が優勝するシーンに4度も立ち会うことができた。密かな自慢である。



スポーツライター