最もすばらしい建物は、民家であるとおもう。そして最も機能的なまちは、山村集落ではないか。
初めて荻ノ島(おぎのしま)を訪れたのは、25年前、もう四半世紀前にもなる。それから何度となく訪れ、田植え、稲刈り、豪雪、新緑、それぞれの季節の中に佇み見入ってきた。大正13年に101戸あった家も、今では30戸ほどになる。うち12棟が茅葺き民家である。
荻ノ島の解説板を見ると、荻ノ島の地名の由来は、昔、もうぎの原に沖のような島があり、もうぎヶ原沖の島といわれたのが、いつしか荻ノ島と呼ばれるようになったようだ。
荻ノ島は、環状集落を形成している。この環状集落には、生活と環境との調和がある。後ろを山、そして中央に畑を有する地形に沿った形態は、まずは動物など山から畑への侵入者を、間に位置する環状集落が守る役目を果たしている。また、山からの貴重な水は、まず集落に流れ込み、集落に沿って周回するエガワにより全戸に効率的に配られる。エガワから道をとおりそれぞれの家の貯水槽であるタネで手足、野菜、刃物などの洗いや庭木などへの水やりに使われ、そして最後に中央の畑に注がれる。
貴重な水を一滴も無駄にせず、そしてその共有化が地形に沿って出来上がっている。また、各戸のタネの横には農作業や農作物を干したり洗濯をしたりするマエデがあり、野菜を一時的に保管したり洗濯物を取り込むガンギがある。
あるとき、庭木の剪定をしている女性を見かけた。剪定を終えるとすかさずエガワから刈り取られ落ちた枝葉をすくい上げ取り除く。そしてその2~3メートル先の下がったところには板がはめ込まれており、枝葉がさらに下へ流れていかない配慮がされていた。
この荻ノ島には、まったく新しく造られた茅葺き民家が3棟ある。2棟が宿泊施設として、1棟は多目的棟として整備された。集落活性化のために建てられ、地域の主婦の方が朝夕の炊事をしてくれる。
山菜料理が中心の食事は、老若男女に喜ばれている。訪れる人に食事を提供することにより、おいしい山菜料理の腕がさらに上がったという。裏山から家の中を流れる風を感じ、青々とした稲穂を前に、時には真っ白な雪に埋もれた家の中で暖炉にあたりながら食べ飲むひとときは、じわじわと湧き上がるような喜びを与えてくれる。
柿に実のなる家で、その柿の実を見上げていると、家から出てきたおじいさんが「食べるか」と言い、梯子を持ち出して柿の木に立てかけてくれた。勝手にとれ、と言う。慣れない梯子を上り、いくつかの柿をもぎ、その場でかぶりつく。柿は、普通に美味しかったとおもうが、そのときのおじいさんの笑顔が心に深く残る。
風景は、住んでいる人々の心を映す。そこに住む人々の、培われてきた知恵、自然との対峙、生産と生活、共同体としてのおもいやり、そして生き様が、集落の風景を創り出す。荻ノ島も高齢化、離村など集落存続のあり方を模索している。外部のものが安易に残したい、残すべきだなどと無責任に言ってはならないとはおもっているが、これだけの生き様をもった風景を生み出している新しいまちがないのも事実である。
荻ノ島には、理屈だけでつくり上げたまちでは決して勝てないものが、風景の中に見え隠れしている。

観光地域づくりプランナー/NPO法人観光文化研究所理事長/松蔭大学観光文化学部教授