僕の最新作『ラーメン侍』が遂に九州で先行公開された。今回は公開初日と2日目の様子を紹介したい。
公開初日は、福岡県内のイベント2会場でトークライブを行い、映画の告知を行った。宣伝会社の作戦で、公開初日の土曜日ではなく、翌日の日曜日に舞台挨拶となった。聞くところによると、首都圏のシネマコンプレックスでは土曜日の来場者も多いが、地方になると土曜日の観客の動きが鈍いのだそうだ。
舞台挨拶の予定がないとはいえ、プロデューサーも僕もそわそわして、テレビを見ても本を読んでも気の紛らわしようがない。結局、劇場に向かうことにした。きっと、顔見知りや世話になった方々が来ているに違いない、そんな皆さんにご挨拶するだけでも意味があると考えた。
ところが劇場に入ると、配給会社の担当者や支配人より、聞きたくもない情報が次々と飛び込んでくる。即ち、公開各劇場の毎回の入場者数、興行収入が、否応なく僕の耳にも入って来るのである。今や入場者数はオンライン化され、担当者の携帯端末にオンタイムで届く時代となっている。
控室にいても、壁ひとつ隔てたオフィスから配給担当者の会話が聞こえてくる。
「午前中の回はまずまずだと思います」「○○県は動いていない」「キャンペーンの遅れが響いている」等々。
こうなると芸術作品を作っている実感などどこかに消え去り、営業成績のみが気になってしまう。
興行成績に一喜一憂し、「喜」であった場合まだ良いが、「憂」の場合はその矛先が監督と作品に向かいかねない。映画監督は、いつもそうした不安定な立場に追いやられる。ずいぶん前のことになるが、ジョージ・ルーカスのインタビュー記事に、『アメリカン・グラフィティ』(1973・米)公開の折、スクリーニングの評判が余りに芳しくなく、批評家に酷評され、堪らず公開初日にハワイに逃避行したと書かれていたのを覚えている。今ではその気持ちが痛いほどわかる。
日本を代表する映画監督の作品でも、興行成績が伴わないことも多い。それでも撮り続けること、撮り続けられることに意味があると思いたい。
さて、『ラーメン侍』公開2日目は、朝から舞台挨拶のために劇場を渡り歩くことになった。久留米で午前中に2回、午後は福岡で1回。その合間に幾つもの取材が入った。
舞台挨拶の回は、劇場側のスタッフも宣伝に懸命で、とくに撮影地となった地域では地元の応援団も動員して下さるため、空席が目立つようなことはまずない。今回は久留米の皆様の頑張りが功を奏して余り有り、100名近い方が入場できずにお帰りいただくことになるという申し訳ない事態となった。
舞台挨拶後ロビーに出ると、ロビーに溜っていた観客の皆様から小さな拍手が起こり、握手攻めにあった。興行成績に振り回されて潤いを失った気分が幾分和らいだ。
幸いなことに、九州一の大都市・福岡での舞台挨拶も盛況だった。不思議だか場数を踏むと、舞台挨拶に立つだけで、観客の方の反応や評価がよくわかる。
小品『ラーメン侍』の興行はまだ始まったばかり。九州で先行公開された後、来春には全国で順次公開される。作品に一定の自信はあっても、数字に一喜一憂しながら、僕たち映画人の旅は続くのだ。


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